お父さんのアウトライン

年齢78歳(サービス開始時)
おうち大阪市東住吉区
家族構成奥さん他界。娘さん息子さんと3人暮らし
症状・病気慢性閉塞性肺疾患
保険介護保険・要介護2
訪問看護週1回

お別れの訪問

入り口の扉を開けてすぐ右手。
戸棚の前にうまいこと重ねられた背もたれクッション。そこがお父さんの定位置。
でも、もう、あの満面の笑顔のお迎えはありません。

訪問看護の場面では、会いに行く喜びばかりの訪問ではなく、ちょっぴりしんみりした気持ちの訪問もあります。

桜の花びらに迎えられ、先日おじゃましたのは、訪問が終了しご利用料金をご家族に受取にいくお別れの訪問でした。

介護なんて名のつくサービスはいらない!

体調を崩されて、夜間だけ呼吸器を使うことになり、初めて家に戻るということで相談先としての安心のため。そして、体調チェックの目的でケアマネジャーさんよりお声がかかり、ご自宅に伺ったのはお父さんの退院直後。

数年前のクリスマスの日でした。
私のあいさつが終わるやいなや、

私に、なんでそんなサービスがいるんですか?!

厳しい表情で、

自分にそんな介護なんて名のつくサービスはいらない!

と全力で拒否。

私も、お気楽にどんな方かしら~♪なんてお邪魔してるから、その反応への準備がなくシドロモドロに…。

そして、ケアマネジャーさんの説得。ご家族である娘さんの「とりあえず来てもらいましょう!」の一言に救われて、何とか次回訪問のお約束をして退室となりました。

仏のお父さんにトランスフォーム

トランスフォームとは、
「transform【動詞】:形を変える。指定された規則に従って意味を著しく変えずに表現を変えること」

初回ご挨拶では、出て行けー‼くらいの勢いの(笑)お父さんでしたが、初回の訪問で色々お話を伺っていくうちに、仏のお父さんにトランスフォーム(笑)。

お父さんは、どうやら、ものすごい工夫を重ねてご自分の体を研究しているらしいのです。

  • 看護師やリハビリから聞いた、呼吸しやすい体勢という知識をもって自らが試してみること
  • 様々な実験を体をつかって研究することで、お父さんにとって一番ベストの一番いい塩梅の体勢
  • 呼吸の整え方
  • 日常の食事の摂り方
  • トイレなどの移動の仕方

すべて、完璧に仕上がっているのです。

どんな教科書よりも効率のよい動き。省エネモードの体の使い方。

知識と体験が重なることで生み出されるお父さんオリジナルの生きる知恵。まさにトランスフォーム。

体の使い方の形を変える。自然の流れのなかで変化を生きる!という命の規則に従って、自らの命を全力生きる‼という心の在り方の意味を変えずに体の使い方や環境で表現を変える!

トランスフォーム。そこにはちゃんとあるわけです。

看護内容もトランスフォーム

トランスフォーム

私たちはそれを見て伝えることはないと察するわけです(笑)。
そりゃ、ここまで熱心に自分の体を研究して結果を持ってる人に指導はいらん。

ということで。
生き方、在り方についての教えを乞うために伺う‼ということに看護の内容もトランスフォームしました(笑)。そうするとどんどん出てくるわけです。

何がすごいって、お父さんの体は数値的にもデータ的にも、体力も医学の力も及ばないレベルで自然の流れにしたがって緩やかに変化していきます。

普通ならその状況に恐れや不安でいっぱいになったり、未来を憂いたり、環境を恨んだり、八つ当たりしたり、自分責めしたり。不平不満や非難や批判が出てきても当然。

ところが、お父さんの中には一切恐れや不安の言葉や不平不満や非難や批判がないわけです。心がゆらいでもおかしくない環境のなかにありながら。

どんな状況でも今できることを実行するお父さん

仏のお父さんはどんなときも出来ることを探して、出来ることをたんたんと粛々と行い、力強く生きる姿を見せてくださいます。
さらに一家の大黒柱としての頼りがいある存在感は益々大きく、益々あたたかく、益々強く優しい。そして、柔かいあったかい笑顔。

小さくなっていく体とは反対に、存在感はいよいよ大きく、安心感を漂わせながら仏のお父さんなわけです。

その
生き方。
在り方。

しあわせの30分

私たち看護師は、看護師を越えて人として、あの強く優しい笑顔から、沢山の事を教えてもらいました。

教わることだらけの私たちの訪問看護。ご家族はそんな中にも看護の価値を見いだしてくださいました。

病院受診の30分診療。目があうこともなくパソコン画面とにらめっこ。画像や検査データの数値頼りの診察よりも。看護師が毎週1回来て聴診器をあてて、大丈夫と伝えてもらえること。会わなかった間の経過をお話すること。

「それが、何よりも安心だった。」
そう言ってくださった娘さんの言葉に、本来ある“安心を届ける”という看護の力。
そこに、立ち返らせてもらいそれが届いていることが涙がでるほど嬉しかった♪

そして、お父さんと娘さん♪
3人で今、ハマってるお菓子の話で盛り上がったり(笑)、昔話に花が咲いたり。

そしてなによりも大切な時間。

娘さんや息子さんがお父さんのことを大好きで、頼りにして尊敬していること。
それをきちんと言葉でお父さんに伝える場として、愛情表現が循環している♪
素敵な親子関係があることを見せてもらえるあの30分が、私たち看護師の幸せな時間でもありました。

突然の別れ。お父さんが教えてくれたこと

そんな素敵なお父さん。別れは驚くほど突然やって来ました。

朝、目覚めてご自身でお着替えをされているときに意識がなくなり、発見したご家族によって救急搬送となりましたが、そのまま息をひきとられました。 

まさに生きるエネルギーを全て使いきって電池が切れるような。最後の瞬間まで本当に潔く。望み通りに誰にも迷惑をかけない
お父さんのタイミングを守りぬいた最期でした。

命の終わり。それは衰えていく体の変化から家族もなんとなくは想像したり、心の準備をしていることもあるかもしれません。しかし、ほんとうに突然やってきて別れが現実となるわけです。

日常の延長線上に命の終わりはあります。だからこそ限りある命であることを知り、今、出来ることをやる。そして、今、伝える。今、ここに幸せをかみしめて味わうこと。それを 大切にしたい。お父さんは最期の姿で、私たちに命を語り生きることを教えてくれました。

最期のお別れ。眠っているような優しく穏やかな顔のお父さん。今にも起きてきて「中村さん久しぶり‼」満面の笑みで迎えてくれそう。…でも、それは叶いません。

命に終わりがあること。命があること。それを改めて教えてもらいます。

思い通りにならないことを、どう受け止め行動していくか?

改めてお参りにうかがったときに、お父さんの戒名を教えていただきました。

『真観善功』
優れた善き行いとはたらきをとおして真実を観る。

まさにお父さんの生きざまを現す素晴らしい御名前。
そして、お父さんのトランスフォーム。

自然の流れのなかで変化を生きる!という命の規則に従って、自らの命を全力生きる!という心の在り方の意味を変えずに、体の使い方や環境で表現を変えること!
トランスフォームで生きることをみせてくれました。

仏教の教えの中に四苦八苦(しくはっく)というのがあります。仏教における苦の分類。 苦とは、「苦しみ」のことではなく「思うようにならない」ことを意味するのだそうです。

根本的な苦を生・老・病・死の四苦とし、 根本的な四つの思うがままにならないことに加えて、

愛別離苦(あいべつりく) – 愛する者と別離すること
怨憎会苦(おんぞうえく) – 怨み憎んでいる者に会うこと
求不得苦(ぐふとくく) – 求める物が得られないこと
五蘊盛苦(ごうんじょうく) – 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと
の四つの苦(思うようにならないこと)を合わせて八苦と呼ぶのだとか。

病気とともに生きること、病気関係なく生きることには自分のコントロールの及ばない思い通りにならないことがたくさんあります。

まさに。お父さんは生きるなかで思い通りにならないことがあるということを知り、そのなかで不平不満、批判や避難なく出来ることを探して粛々と出来ることをやりつづけながら生きること。

トランスフォームと真観善功で生きること。在り方。教えてくださいました。

トランスフォームお父さん♪生きる姿でたくさんの学びを本当にありがとうございました!

お父さんの訪問のたびに私たちにくださっていた心くばりと笑顔。忘れません。
出逢いに心から感謝します。

みなさんは限りある命をどんなふうに生きますか?
大切な人たちとどんなふうに生きますか?